■6月4日〜6月5日|面談での理論的深化とベンヤミン講義の聴講
6月4日の面談では、理論的枠組みの記述方針について重要な指針を得た。外送理論に関する小論文は、現代科学の知識(光の反射・屈折等)をいったん頭から取り除き、古代ギリシャの思考の内側に入り込んで書くべきである、という助言である。面談中には、ボードレールの「常に酔っていなければならない。酒に、詩に、あるいは美徳に」という一節も提示された。外送理論を科学的正誤の対象としてではなく、一つの世界観として内側から生きて記述せよ、という趣旨と理解している。ボードレールがベンヤミンにとって最重要の参照先の一人であることも、この文脈で改めて確認された。
また、ベンヤミンの寓意(アレゴリー)概念についても議論した。意味が断片化し、廃墟のように寄せ集められるというその構造を、自身は映画におけるモンタージュ——断片の組み合わせが新しい意味を生成する技法——との類似において理解した。一方で、ベンヤミンをめぐる政治的・宗教的文脈からは距離を取り、あくまで視覚とアウラの理論として参照するという方針も確認された。
翌6月5日には、大宮勘一郎先生による講義「ヴァルター・ベンヤミンを読む─現代思想への導き」を聴講する機会を得た。これは細田先生が私費で受講されているオンライン講義であり、本研究のためにとご厚意で共有してくださったものである。この場を借りて記しておきたい。『技術的複製可能性の時代における芸術作品』を軸に、芸術作品が儀礼(Kult)の対象から鑑賞の対象へと移行する過程、跪拝的価値から展示的価値への転換、真正性(Echtheit)とアウラの関係などが体系的に講じられた。とりわけ、技術的複製の意義を「機械的知覚とその記憶保存」——すなわち知覚と記憶の新たなあり方の構築——として捉える視点、および「第一の技術(自然支配)と第二の技術(自然との競演)」「仮象としてのミメーシスと遊戯としてのミメーシス」という対概念は、自身の理論的枠組みを補強する要素として今後組み込みうるものである。
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