■4月9日〜4月23日|M2研究計画書の確定——外送理論とアウラの接続
新年度の研究計画を立てるにあたり、まず向き合わなければならなかったのは、M1の研究に対して自身が抱えていた根本的な不全感である。
自身が紫外線写真を撮り続ける最も強い動機は、突き詰めれば「光った。この色は何だ」という、極めて端的な驚きと感動にある。しかしM1展の作品群では、その感動が観賞者に伝わっておらず、作品は事実の提示に留まっていた。さらに深刻だったのは、それを補うために参照してきた理論が、制作の実感から遊離しているのではないか——写真に後から理論を貼り付けて体裁を膨らませているだけではないか——という不安が、常に拭えなかったことである。理論と制作が別々の場所にあるという感覚は、研究の土台に関わる問題として残り続けていた。
4月9日、新学期最初の面談を実施。春休み中の理論研究(ボードリヤール、バルト、ソンタグ)および海南島のフィールド成果を報告したところ、細田先生より「外送理論(extromission theory)」が提示された。これは入学当初にも先生が関心のある話題として一度言及していた古代の視覚論であり、視覚を「眼が能動的に光を放射し、対象に到達することで成立する行為」として捉えるものである。
この理論を受け取った際、直近まで読み進めていたベンヤミンのアウラ概念——とりわけ「対象に眼差しを返す能力を付与すること」としての定義——との接続可能性に思い至り、面談の場で先生と議論を重ねた。外送理論の原型には「返還」の契機がなく、アウラ概念には「送る」主体の身体性が明示されていない。この二つを、紫外線撮影という実践——暗闇の中でUVライトを被写体に差し向け、蛍光という応答を受け取る行為——を媒介として接続することが、本研究の理論的独自性の核心となりうると考えた。すなわち、「送る」が外送理論であり、「返る」がアウラである。
そして、この接続が自身にもたらした最大のものは、理論的な体裁ではなく、一種の安堵であった。「眼差しの返還」としてのアウラは、撮影現場で自身が経験してきた感動そのもの——闇の中で光を差し向けた瞬間、物質が予期せぬ色で応答してくる、あの驚き——を、初めて正確に言い当てる言葉だったからである。理論が写真を装飾するのではなく、理論が制作の実感を掬い上げる。長く抱えてきた「貼り付けた理論」への不安が、ここで初めて解消される手応えを得た。
この枠組みに基づき、新たな研究計画書「見えない光を見る——紫外線写真における視覚の能動性とアウラの再生成」を執筆し、4月23日に提出した。研究の主軸は「不可視領域の可視化」から「視覚行為そのものの構造への問い」へと再定位された。
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